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| 補強土事業本部技術部 技術1グループリーダー 熊田 哲規 |
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| 「華美なデザインをほどこした補強土擁壁よりも、シンプルな緑が欲しい。」緑化テールアルメ工法の導入は、お客さまのそんな声がきっかけだった。 1996年、「環境」というキーワードに注目が集まりはじめた時期だ。 バブル全盛期の日本では、建設現場の3Kイメージを払拭しようと現場の「景観」向上に注目が集まった。工事現場の仮囲や補強土擁壁には、カラフルなイラストや写真が踊った。 しかしバブルが崩壊すると、そんな余裕はなくなった。「景観重視」から「環境重視」へとトレンドは移行していた。 | ![]() 緑化テールアルメ |
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| そんな動きをうけて96年、盛土壁の表面を緑化できるのが特徴の「テラトレール工法」をフランスのテールアルメ・インターナショナル社から技術導入した。熊田らスタッフ数名が中心になって日本になじむように、改良を重ねた。最終的に、盛土壁を裏面から支えるフックをより施工しやすく、丈夫で、安価で入手しやすいものにしたのだ。 | |||
| 2年後の98年末、補強土事業部全体の技術会議の席上。ここで全国の担当者から、問題点を抽出し、部材の品質向上、施工性の向上につなげたい、という思いをもって、熊田は席についていた。テラトレール工法の需要は順調に伸びていたが、安全性、競合他社との価格競争の面からも、改良は必須だった。検討の結果、壁面材の足部を長くして、自立性を高めた。フックの品質管理にも、さらに留意した。 | |||
| 結果、品質と施工性、安全性は向上した。反面コストが材料費で3割ほど上がってしまった。今度は、コストとの戦いだ。マーケティングの結果、壁高9m以下に需要が集中していることがわかり、そこに的をしぼることにした。調査するとイタリアでこの条件に合致する「F2テラトレール」という工法が開発されたというニュースが飛び込んできた。 はやる心を抑え、「テラトレール工法検討委員会」のメンバーは綿密な調査を開始した。実用化できたばかりの工法が日本になじむだろうか。コスト試算は?それを見きわめるために、熊田は委員会のメンバーと2人でイタリアに向けて飛び立った。99年8月29日のことだった | ![]() イタリア・ローマで見学した F2テラトレールの施行例 |
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| 欧州への滞在は3泊4日。スケジュールは過密をきわめた。ローマの施工現場見学、 テラトレール・メッシュ工場見学、倉庫・フック製造施設見学、パリでの技術会議への出席、現場視察…。慌ただしいスケジュールのなかではあったが、熊田は確信をつかんでいた。「これは、いけるぞ…。」 日本では、熊田らの帰りを皆が待ちわびていた。帰国してすぐの9月中に、早急な細部の検討が行われ、10月には試験施工が行われることになった。 | ![]() ローマで部材の 製造工場を見学 |
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| 99年10月21日山梨県塩山。日本初の試験施工の現場で、ヒロセのF2テラトレール工法は高い評価を受けていた。「軽くて施工性が良いから、短時間で組み立てられるぞ」「組み立ても簡単だから、熟練工は必要ないな」。熊田と、今回初めて試験施工の段取りを担当した滝田らスタッフ全員が、ホッと胸をなでおろすと同時に、嬉しさをかみしめていた。 | |||
| 材料を会場に運び込んだ時、あまりの軽さ、薄さにベテランの作業員から「こんなペラペラで、本当ににちゃんとできるんかい」とからかい混じりの声が聞かれていたのだ。それがいざ施工してみると剛性も高く、しっかりしている。フックに工夫をすることで、シンプルなつくりが可能になったので、コストは3割ほどダウンできた。壁面材がフラット(平ら)になったので、重ねることが可能になり、運送費とストックヤードが軽減でき、物流コストも削減できた。 | ![]() 今回採用したフラットタイプの メッシュパネル(壁面材) |
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| 「テラトレール工法」の第1号物件は大分県で施工された。続く2号、3号と順調に実績を伸ばしている。現在は、農道、林道、造成工事でのニーズが高く、環境に配慮した補強土工法として、日本全国に拡がっている。 |
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