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雲仙・普賢岳のKD橋

雲仙・普賢岳のKD橋

民家が2階まで土砂に埋もれた現場

噴煙をあげる普賢岳と土石流に埋まった民家

噴煙をあげる普賢岳と土石流に埋まった民家

民家の2階部分が、まるで1階の高さになってしまっている...」現場に到着した担当者の満尾 健一郎(当時:九州支店 工務部)は息を飲んだ。長崎県・雲仙普賢岳の火砕流・土石流に襲われた島原市では、多くの民家がのみこまれ、2階の屋根付近まですっかり、ゴツゴツした岩石や土砂に埋まってしまっていた。
約200年ぶりの大噴火

約200年ぶりの大噴火

平成2年11月17日。雲仙普賢岳の山頂にある地獄跡火口、九十九島火口が198年ぶりに噴火した。翌年6月3日、大規模火砕流が発生。死者・行方不明者 43人、家屋179棟焼失という甚大な被害がもたらされた。火砕流、土石流の被害はそれからも継続。翌年8月8日には台風10号で水無川に大土石流。火砕流も発生し、深江町では民家16棟が焼失した。
普賢岳の火山活動はおさまる気配がなかった。しかし、国道などの復旧・復興は急がなければならない。


避難勧告下での仮橋架設着工

完成したKD橋と土石流で2階まで埋まった民家

完成したKD橋と土石流で2階まで埋まった民家

ヒロセは、土石流で流された国道251号線・水無川橋の迂回路を担当することになった。使用したのは「ニッケンスターKD橋※」で、11月から施工が始まった。当時、周辺地域は避難勧告指定区域内という、いまだ危険な状況下での着工だった。

かつてない3列3段重ねのKD橋

橋の全長は63m。幅員は8mで、なおかつ歩道も必要だった。これまでにないほど大規模な仮橋だったので、その強度を確保するために「KD3列3段重ね」という特殊な構造を採用した。


いつ火砕流に襲われるかわからない現場で

「水無川」とはその名のとおり、もともと水の無い川だったので、川のなかに入っての作業となったが、雨が降ると川に土石流が流れ込んでくる危険性が高い。「そうなると一発でやられてしまいます。毎日、天気に注意しながら作業を進めました。」当時をふりかえって担当者は語る。川のそばには避難小屋が建てられ、そのなかには火砕流や土石流で閉じ込められても数日は生きていられるように、食料や水が確保してあった。「石ころが一つ、落ちてきてもサイレンが鳴り、避難小屋へ逃げ込む、そんな状況のなかで作業を進めていったのです。」現場のそばには、自衛隊の戦車のような装甲車がよく走っていたという。「いざという時、現場での作業員を救出できるように走っていたのでしょうが、それを見たとき"ああ、自分は大変な現場にいるのだな"、と背筋が寒くなりました。今でも、ハッキリと覚えていますよ。」


災害地域の通行路を安全に確保

約1カ月で仮橋は無事完成。災害地域の通行ルートを、確実に確保することとなった。 火山噴火予知連が「普賢岳の噴火活動はほぼ終息」との統一見解を発表したのは翌々年の 5月。島原市深江町の避難勧告区域指定が全面解除されたのは10月28日。実に、水無川にKD橋がかかってからおよそ2年後のことだった。

完成した「水無川災害復旧助成工事」のKD橋

完成した「水無川災害復旧助成工事」のKD橋

※ニッケンスターKD橋
ドイツのクルップ社と技術提携し、日本で初めてヒロセが製作した仮橋。架設、解体が非常に早く簡単にでき、さらに永久橋として使用できるほど頑丈なのが特徴。